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つぶやきで振り返る2020
2020.12.31
もうちょっと落ち着いたら、
と後回しにしてきたことが、ぜんぜん落ち着かず、
どんどん積み上がってしまったのを痛感しつつ。
これから実現しうることの多さに、
気負い立ってもいます。
2020.01.03
恫喝によって相手を従わせようとすることは、
強い人がすることとは思えないし、
とても愛とは呼びがたい。
自分の感情すらコントロールできぬまま、
他人の生き方をコントロール
しようとすることも然り。
ためを思って、などと相手が傷つく行為を
正当化し続けることは以ての外で。
2020.01.13
ある一面や、ある一件で、
相手の全てを判断したくはない。
自分もそうされたくないし。
すでに絶縁してしまった人たちでも、
共にいて笑い合えた日々、
得られたもの、学べたことがあるのなら、
そこへの感謝で、
なるべく憎しみの類は打ち消すようになった。
2020.01.13
私の心は狭く、
整理しないとすぐに窮屈になる。
でも、散らかさずにいることも難しい。
私の心は弱く、
いつまでも刺々しいものを抱え込めない。
でも、潤わさねばすぐにささくれ立つ。
放り投げたくなるほど面倒臭いが、
必ず最後は愛に負けたい。
2020.01.13
また御一緒させていただくことになった
CruelSheこと亜矢さんの新年初ライヴへ。
紅い髪を振り乱しながらギターを掻き鳴らす姿は、
燃え盛る炎のようで、ずっと見惚れっぱなしだった。
灰になるにはまだ早い。
その炎に、その命に、何度だって熱くさせられたい。
2020.01.19
わたくし伊吹留香、詩うたいとして最も
“やり残してる”と感じてることは何だろうと考えたら、
やはり新たなフルアルバムのリリースで。
しかも初期の頃のように、
ほとんど全曲バンド演奏での収録、
というのが理想で。
それを実現するためには、
かなりの時間や費用を要しそうだけど、
2023年にリリース、を目標に、今年からコツコツと
制作を進めてみようじゃないかと心に決めまして。
2020.01.28
今を幸せと感じるために欠かせなかったもの、
なにか乗り越えるために
向き合わなきゃならなかったものが沢山あって。
それらを形(作品)にしてこそ、
その先が見えてくる気がするんだな。
これからの日々を歩んで行く上で、
置き去りにしたくない思いを詰め込んだアルバム。
これがあっての私、と言えるようなアルバム。
作りたくてしょうがなくなってきたのです。
2020.01.28
ふと読み返したくなった、5年前の日記。
この時期のこの選択の数々が、今に繋がっている。
「オマエは間違ってない」
という兄さんの言葉が、改めて心に響いた。
2020.02.01
個人的に、ちさこさんの曲は
再始動前(fra-foa時代や“破壊編”の頃)の方が
遥かに好みのサウンドなのだけど、
大きな目標を持って
ひたむきに突き進んでらっしゃる今の姿には、
別種の感動を覚える。
私が初めてちさこさんの音楽に触れたのは、
深夜にテレビから流れてきたこの曲で。
その歌声を聴いた瞬間、
それまで自分が書いてきた曲
ぜんぶこの人に歌ってもらいたい、
と思ったくらい、強く惹き付けられた。
魂に響く、という言葉がピッタリだった。
そんなちさこさんが、
何の面識もなかった私の「36.5℃」という曲を聴いて
突然ライヴに足を運んでくれたのが、2005年。
以来、バンドメンバーを紹介してもらったり、
初の自主企画イベントにも出演してもらったり。
その存在自体に、すごく支えられてきた。
2020.02.03
このスリーマンの企画は、
14年ほど前、下北沢の別の箱で持ち上がり、
3者揃っての顔合わせも済んでいたものの、
その後、お二人はそれぞれの理由で
しばらく活動を休止せざるをえなくなり、
私自身、もう無理かも、と何度も思っていた。
でも、遂に今月、実現する日が来る。
2020.02.03
私の音楽的ツボを熟知してくれてる
Guitarの梶原健生アニキ、
一見クールで派手じゃないのに
すごく存在感のあるBassで支えてくれる高畠俊さん、
心の奥底に眠ってるものを
叩き起こしてくれるようなDrumsの町田孝くん、
恐るべき瞬発力で
縦横無尽に各楽曲に深みを与えてくれる
Violinの西田けんたろうさん。
2020.02.22
今回の曲目には、
自身が死にたくてたまらなかった頃
(本当は生きたいけど死ななきゃ、
と思わずにいられなかった頃)
に書いた曲も含まれてるんだけど、
スタジオに入る前、偶然、
横浜市内で線路に飛び込んで亡くなった
女子高生の動画を見てしまい。
その曲を歌ってると、
その姿が何度も過る。どうにも過る。
私は死ねなかった。でも、おかげで今、
幸せを感じながら過ごせてる。
なんだかとても悔しい、というか、
やるせない、というか…。
コロナも怖いけど、毎年2万人くらいの人が
自ら命を絶ってる世の中も怖い。
暗かろうが重かろうが、
苦しみの真っ只中に寄り添ってくれるような
表現だって必要だと思う。
2020.02.22
およそ14年越しの実現となった、
CruelSheこと亜矢さんと
三上ちさこさんとのスリーマン。
二人の魅力については、語りだしたら止まらない。
二人とも、私にとっては恩人でもあり。
それぞれ紆余曲折を経ながらも、
こうしてまた同じステージに立つことができて、
心の底から嬉しかった。
2020.02.24
毎日、元気でいられるよう心掛けてます。
なるべくおびえず、うろたえず。
とにかく、元気でいられるように。
2020.03.09
出演予定だったイベントは中止や延期となり、
週1,2回通っていたスポーツジムも営業休止。
でも外で歌うことが減った分、
例年より花粉症の症状は軽く、
在宅勤務となった家族とは、
一緒に過ごせる時間が増えた。
弱らされていたくなどない。
2020.03.09
9年前のあの日から、
“日常”の尊さを感じさせられる場面が
かなり増えた気がする。
あれのせいこれのせい、あれもないこれもない、
と、憂い嘆きたくもなるけど、
そんな時こそ、何かを学べる、
何かを変えうる機会だったりもして。
今あるものに感謝しながら、
今できることに集中しなくては、と思う。
2020.03.13
昨日は久々に晴れた空が嬉しくて、
窓を開けたら桜の花びらがいっぱい舞ってて。
買い物に行きがてら、
一人で大岡川沿いを散歩した。
心にも換気が必要だね。
2020.04.03
会えるはずだった人たちに会えなくなるとか、
得られるはずだったものが得られなくなるとか、
そんなことは、もうザラで。
ここで腐らぬよう、鈍らぬよう、
今まで後回しにしてきたことや、
表に出ないでもできることに取り組んで行く所存。
2020.04.07
働きたくても働けなくなったり、
休みたくても休めなくなったり…
今、ウイルスに感染してしまった人だけじゃなく、
大きなストレスを抱えてる人も、
すごく増えてるだろうな。
発散しようとすると、
ちょっと攻撃的になってしまいがちだし、
緩和するにはどうしたらいいか、
を考えるようにしてる。
2020.04.07
こんな日々がいつまで続くかも分からず、
どうにも気分が落ち込んだり、
腹が立ってきたりすることもあるけど、
これを乗り越えた先で称え合えそうな人たちの
笑顔を浮かべると、本当に励みになる。
2020.04.07
子どもの虐待死のニュースを見る度に、
亡くなっていなかったら
明るみに出なかったんじゃないか、
人知れず、ぎりぎりの所で耐えながら
生きている子たちも沢山いるんじゃないか、
と思わされてきた。
うちで過ごそう、と呼びかけるのは心苦しい。
出歩くのが危険だからと言って、
家こそが安全な場所かのように、
影響力のある人たちが次々発信してるのを見ると、
DVから逃れられずにいる人たちのことも頭に過る。
何か他に言い方はないだろうか。
いずれにしても、出歩かずとも心癒せるものが今、
必要不可欠なんだろうな。
2020.04.11
“私は君がそこにいたことを知っている”、
“私が君を迎えに行く”をコンセプトとしていた今作。
実際にこの曲が生まれた地、
池尻大橋駅~渋谷の街中へも足を運んで撮影。
最終的には、“君はもうここにはいない”、
“私の中で生き続けている”という感覚に辿り着いた。
レコーディングも、
当初は誕生当時(16歳の頃)を思い出しながら
歌ってみたものの、なかなかしっくり来ず、
“今の自分”が“過去の自分”を
包み込んでやるようなつもりで歌ったら、
途端にサウンドとも
一つになれたような感覚を得られた。
それは、いわゆるインナーチャイルドとやらが
癒された瞬間であり、本当の意味で、
そこにあった寂しさや心細さ、孤独感を、
作品として昇華させられた瞬間だったかもしれない。
2020.07.11
“猫を被る”とは、
うわべをおとなしくなる見せかけること、
を意味する言葉だそうですが、
ルックは真逆で。これを被ると、
やたら明るい奴になれちゃうんだなぁ。
2020.08.31
多くの人が、苦境に立たされ、無念を味わい、
そんな中でも、機転を利かせ、工夫を凝らし、
新たな活路を見い出そうとしている。
楽しみだとか、癒やしだとか、
奪われてばかり、じゃなく、
生み出せるように、なって行きたいなぁ。
2020.09.01
人に楽しんでもらってナンボ、
人のニーズに応えてナンボ、という活動を、
日ノ出サンデーズの一員として続けられてる分、
ソロではとことん自己本位というか、
エゴ全開というか、
こういう思いをこういう風に形にしたいんだ!
っていう、内なる声に従って
進んで行きたいモードだったりもする。
2020.09.01
編集スキルよりも
本番のパフォーマンス自体を向上させないと、と
いつも思う。
2020.09.08
この1ヶ月、こんなの久々だなってくらい、
些細なことでも悲しくなったり
悔しくなったり虚しくなったりしてるけど、
こういう感情ほどプラスのエネルギーとして
働かせたくなるのも、自身の特徴なんだよな。
2020.09.10
今時PVとかMVと呼べるようなクオリティーの
映像作品を一つも残せてないような
私の曲や詩を好きでいてくれる人たちが
僅かでもいることは、本当に奇跡だな。
全く方向性の異なる日ノ出サンデーズと
両方応援してくれる人たちがいることも。
2020.09.11
自分は成功者かと問われれば、答えはノーだ。
でも幸せかと問われれば、答えはイエスだ。
世の中で成功者と呼ばれてるような人たちと
比べてしまえば、あまりにも非力だけど、
かと言って、不幸せだとは全く思ってない。
2020.09.11
膿を出しきってやるようなつもりで
自身の未発表曲たちと向き合ってみたら、
精神的に荒んでたはずの頃の曲でも
韻を踏みまくったりしてて、
あ〜この時期は、
発散も緩和もしきれないストレスを
“昇華”できてたんだな、と思わされた。
大衆性には欠けるけど、
強い個性は持ってるんだな、とも。
2020.09.13
ステージ上で笑ったり
喋ったりできるようになったり、
人の愛を真正面から受け止められるようになったり、
激変した面もあるものの、
誰にどう思われようが“こうでしかあれない”
という面はまだあって。
それは“こうあることならできる”って面でもある。
2020.09.13
昨年夏のお祭りで初めて観て以来、
7歳の娘が大FANで、動画を見て、
グッズのタオルを欲しがっているので、と、
注文メールをくださったお父さまがいて、
思わず感涙。
そんな風に、心から楽しんでくれる人、
求めてくれる人を増やして行ってこそだよな、
と、改めて思う。
2020.09.21
自殺しようとしてできなかった10代の頃、
父親から、生きたくても
生きられない人だっているんだ、
死ぬなんてバカなことは考えるな、
と諭された時は、何より傷ついた。
この人にはもう心を開くまい、と決めた瞬間だった。
苦しくても家族の前では明るく振る舞い、
その分、学校で荒れるようになった。
自傷癖は悪化し、摂食障害とやらにもなり、
高校受験の頃に入院。
中学卒業後しばらくは、部屋に引きこもった。
当時の日記には、
苦しい時、苦しいと言える場所が欲しかった、
と綴られていた。
苦しいのは自分だけじゃない、
自分より苦しそうな人だっている、
そんなことは判っていた。でも苦しかったのだ。
高校へ行かないという選択をした時、
どこかが欠け落ちてる人は、
どこかが飛び抜けてるもんだから、
と許してくれたのも父親だった。
おかげで私は、苦しいと言える場所を、
音楽の中に作ることができた。たくさん作れた。
だから今、こうして生きていられてるし、
死にたくなる人をバカだとも思わない。
2020.10.02
心をざわつかせることが多い今日この頃。
楽しみに待っててくれてる人たちに向け、
何か準備してる時が、いちばん落ち着く。
2020.10.02
頭の中に死ぬか表現活動を続けるかしか
選択肢がなかったような10代の頃から、
あれこれ認めて力を貸してくれる人たちに
次々と出会ってこられてる一方で、
野心も社会性も乏しいまんまの自分がいて。
“好き”でいてくれてる人たちの存在を、
一層貴重だと感じる。
2020.10.31
私は表現できなきゃ死ぬ!って感じじゃなく、
死ねないから表現する!って感じだったんだよな。
逃げ道を突っ走ってたら
いろんな人が手を差し伸べてくれて今がある。
でも死にたくなくたってその時は来る。
誰にでも来る。それを忘れないようにしたいな。
2020.10.31
辛くない振りはよそう。観念するのだ。
2020.12.01
いろんなモノが炙り出され、
いろんなモノが篩に掛けられた今年。
個人的には、
とことん役立たずのポンコツだった気しかせず、
よくまぁこんな自分を
支え続けてくれてる人たちがいるもんだ、と、
ありがたみ以上に、申し訳なさを覚えたけど、
おかげさまで、
今年も一人では実現できなかった
いくつものことを実現できて。
関わってくれた人たち、
その人たちの大切な人たち、
みんなココロ穏やかに、
カラダ健やかにいてほしいと願ってます。
良い1年、とは呼びがたくとも、
良い1日を、良い瞬間を、
少しでも多く重ねられますように。
2020.12.31